2021.10.28
幸田 泉

シリーズ1回目の記事はこちら >> 大阪市民の財産(1500億円)が府に吸い上げられる?~大阪市立の高校が大阪府にタダで移管されることに「ちょっと待った!」

大阪地方裁判所

監査委員も違法性を指摘

大阪市立の高校22校(現在は21校)は来年4月、大阪府立高校になります。

表向きは「教育の充実」をうたっていますが、本当の狙いは高校の土地、建物という巨額不動産を大阪市から大阪府に所有権移転することなのです。

大阪市は高校移管の名目で、市公有財産台帳で約1500億円の不動産を大阪府に無償で差し出します。怒った大阪市民が「大阪市民の財産を守る会」を結成。今年10月、大阪地裁に住民訴訟を提訴しました。

大阪市が大阪府に高校不動産を無償譲渡する契約締結はまだこれからなので、「契約してはいけません」という差し止め判決を求めています。裁判で原告は法律違反を指摘しなければなりません。高校の無償譲渡にはどんな法律違反があるのでしょうか。

1500億円の市有財産放棄は大阪市長の裁量!?

大阪市が高校の不動産を大阪府に無償譲渡する法的根拠は「大阪市財産条例」です。

この条例の第16条で「普通財産は、公用または公共用に供するために特に無償とする必要がある場合に限り、国または公法人にこれを譲与することができる」と規定しています(※譲与とは寄付のこと)。市有財産を無償で手放すのは行政の判断として普通はあり得ないことなので、「特に無償とする必要がある場合に限り」と厳しい条件を付けています。

この条件にあてはまるかどうか決めるのは大阪市長の権限です。つまり、約1500億円の巨額財産を大阪府に寄付すると決めたのは松井一郎・大阪市長なのです。

市立の高校の運営を大阪府に移管するのに、土地や建物をただであげる必要はありません。

大阪府は府立学校条例で「定員割れが3年続いた高校は再編整備の対象にする」と規定し、この「3年ルール」に基づいて府立高校をどんどん廃校にしています。

大阪市立の高校も府立高校になった後は統廃合が待ち受けており、廃校になった高校の跡地は売却されて現金に変わります。売却代金は大阪府の収入になるのですから、市立の高校を府立にするのであれば、土地、建物、備品などすべて大阪府が大阪市から買い取るのが筋というものです。

大阪府に「買い取る金がない」のならば、賃料はなしで大阪市が大阪府に貸す「無償貸与」という方法もあります。

この場合、大阪府が大阪市から移管された高校を廃校にすれば、土地、建物等は大阪市の普通財産になり、どう使うのか大阪市が考えることになりますし、売却すればその代金は大阪市の収入です。市税で整備した高校なのですからこれが当然です。

住民訴訟で原告側は大阪市財産条例16条で定める「特に無償とする必要がある場合」には該当せず、市財産条例の適用は誤りだと主張しています。

巨額市有財産の寄付に大阪市議会の議決がない

地方自治体は財産の寄付を禁止されているわけではありません。ただし、地方自治法で寄付を行う場合は、条例で定めるか議会の議決が必要と決められています。

市立の高校の不動産を大阪府に寄付するのに、大阪市は市財産条例16条を適用する道を選びました。だから、市議会の議決は採っていません。

昨年12月、大阪市議会は市立学校設置条例を改正し「市立の高校を廃止する」という議案を可決しました。同月、大阪府議会は府立学校条例を改正し「新しく府立高校を設置する」という議案を可決しました。高校移管に関する議会の議決はこれだけです。

市財産条例2条は、予定価格7000万円以上の市有地を売却する時は市議会の議決が必要と定めています。売却ですら議決が必要なのに、1500億円の不動産を寄付するのに議決を採らないとははなはだしい議会軽視です。

議会にもはからず、市長の裁量だけで1500億円の市有財産を放棄するというのが、高校移管問題の本質です。

住民監査請求で認められた条例適用の違法性

現在、大阪地裁で係争中の住民訴訟ですが、日本の住民訴訟制度は裁判所に提訴する前にまず、地元自治体の監査委員に「住民監査請求」をしなくてはなりません。

これを「住民監査請求前置主義」と言います。

住民監査請求の監査結果は、却下棄却勧告の3種類。却下は「請求要件をみたしていない」という意味で、いわゆる門前払いです。棄却は「請求に理由がない」という結論なのですが、監査委員は関係者から事情聴取するなどして事実関係を調べます。

その結果、請求人が指摘するような違法性は確認できなかったということです。請求人の主張が認められるのは「勧告」です。監査結果に不服がある場合のみ、請求人は住民訴訟を提起できます。ちなみに監査結果で「勧告」が出ることはほとんどありません。

高校移管問題では、大阪市の監査委員に住民監査請求が行われ、9月に公表された監査結果は「棄却」だったので住民訴訟に発展しました。しかし、棄却とはいえ、監査委員の判断内容は刮目かつもくに値する点がありました。

大阪市が高校の無償譲渡に市財産条例16条を適用するのは誤りだという部分は、請求人の主張を認めたのです。

監査結果の通知書には「大規模な財産の譲与(寄付)などについて条例制定時において想定されていたとは到底考えられない」「市長の判断で譲与を行うのは同条項の適用が予定されている範囲を超えている」と書かれてあります。

いくらまでの寄付なら市長判断で行ってもいいのか市財産条例でははっきりしないので、前例のないものは個々に議決を採るべきだとし、高校の無償譲渡について「市財産条例16条による市長の判断での譲与は許されず、議会の議決が必要」と条例適用を否定したのです。

監査委員は大抵の場合、行政側の言い分を丸飲みし、請求人の主張を全面的に退けるのですが、市長の裁量で1500億円の巨額寄付を行うという異常事態は、さすがに監査委員も了承できませんでした。

大阪市議会はいったい何を議決したのか

市財産条例16条の適用を否定したのに、なぜ結論は「勧告」ではなく「棄却」なのでしょうか。

監査委員は高校の不動産の無償譲渡について「実質的に議決があったと評価できる」と判断したのです。昨年12月に市議会が可決したのは「市立の高校の廃止」であって、高校の不動産を府に無償譲渡するなどと議案には全く書かれていません。

高校移管を巡っては、大阪市教育委員会事務局が市議会に高校の土地、建物等を府に無償譲渡すると説明しており、市議会で無償譲渡についての質疑も行われました。監査委員はこうした経緯をとらえ、市会議員は不動産の無償譲渡を認識して「高校廃止」の議案を可決したのであるから、それは大阪府に無償譲渡することも含めて可決したと評価できるというのです。

議案に書かれてもいない重大なことを「議決した」とみなせるのであれば、議会の議決とはいったい何をどこまで議決したのか線引きできなくなってしまいます。監査委員は、市財産条例16条に関しては常識に則って判断しているのに、市議会の議決については強引でこじつけのような論理展開をしました。

監査結果の末尾には監査委員が意見を述べる「付言」があり、高校移管を「極めて異例な高額の財産の無償譲渡を行う事案」としたうえで、「無償譲渡に係る事案の提出の要否を再度慎重に検討されたい」としています。

これは、大阪市に対して「改めて高校の不動産を府に無償譲渡する議案を議会に提案して議決を採ったらどうか」と薦めているのです。監査委員は自らが導き出した結論に自信がないとも受け取れます。

大阪市が監査委員の付言通りにしようとすれば、「1500億円の市有財産を大阪府にただであげる」という恐ろしい議案の採決を迫られる市議会の反発は必至です。

「市長の裁量で実行する」と市財産条例を無理矢理に適用したのに、住民監査請求や住民訴訟になった途端に市議会に責任を負わせようとするのでは、市会議員らも黙ってはいないはずです。

住民訴訟という法廷闘争は、市長VS市議会の“場外乱闘”を引き起こすかもしれません。